2024-03-21 甲州路と中山道 宿場巡り 第三幕 岡本太郎も絶賛の石仏&和田宿そば師 👏^^! 甲州路、中山道,BMW、ツーリン,BMW、リターン、宿場巡り、岡本太郎、石仏、和田宿、そば師、 #アート 甲州路と中山 道 宿場巡り 第三幕 岡本太郎も絶賛の石仏&和田宿そば師 ^^! 首が伸びる!? 岡本太郎が絶賛した万治の石仏 長野県諏訪郡上諏訪町(現・諏訪市)出身の小説家・新田次郎も万治の石仏を賞賛しており、新田は万治の石仏がイースター島の石人の頭部が日本へもたらされたとする大胆な想定を行い、この想定を基に 小説「万治の石仏」を書いている www.youtube.com ek0901.hatenablog.com 冬季の降雪も多く、中山道最大の難所 このため、途中に何箇所か旅人のための避難所や茶屋が設けられていた これらの茶屋は「西餅屋(下諏訪宿側)」「東餅屋(和田宿側)」「接待(和田宿側)」などと呼ばれ、 いまでも地名にその名を残している 和田宿の歴史と文化 和田宿 今と昔 中山道は、江戸幕府によって整備された街道であり、平均すると2里程度の間隔で宿場町が置かれていたが、この和田峠は険しい山の中にあり、 峠の江戸側の和田宿と京都側の下諏訪宿の間隔は実に5里半弱と長い 文久元(1861)年3月 大火で 大半を焼失したが 既に 皇女・和宮の 宿泊が決まって いたため 慌ただしく 昼夜兼行で再建復旧につとめ 無事迎えることができた