晩秋の栃木探訪ツー 世界最長の並木道日光例幣使街道 ^^! ブログ&動画

前回
 
2015.11.12
 
動画版
ギネスブックにも登録された
世界最長の並木道  日光例幣使街道
 
この時にも通りましたね
今回は、ちょいと詳しく
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10:30・今回は、R70からの合流
文挟宿
文挟は中世からこの地名がありますが、家並みが整えられ
たのは、東照宮が造営され、元和3年(1617年)
壬生通り
整備された後です。日光奉行から江戸に送る
第1
中継地とされました。文挟宿は、天保14年
(184年)頃 
宿の長さ350メートル
総戸数34軒 
人口
156人だった
そうです。
そのうち旅籠が14ありました(『杉並木物語』照)
また、奥の細道の「曽良随行日記」では火バサミと誤記
され
ているそうです。
 
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世界に誇る日本の杉並木
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日光例幣使とは、日光東照宮例大祭(4月17日)に
金幣奉納するために毎年朝廷から派遣された
使者(勅使)をいいます

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4月1日京都を出発し、中山道を通って
倉賀野宿(群馬県高崎市)に至ります

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例幣使街道は往路に用いられ、
復路日光街道東海道が利用されました

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日光例幣使は、1647年から1867年まで
日光派遣されました

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日光宇都宮道路日光道)とクロス
 
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例幣使とは、伊勢神宮神嘗祭朝廷より
幣帛奉納するために使わされた勅使

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東照社宮号宣下されたのを契機に
正保4年(1647年)から日光例幣使が派遣

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松平正綱
寛永2年(1625年)、50歳のときに相模玉縄2万2千石の
大名となりました。この年、主君への報恩として
20年間にわたって紀州熊野杉苗20万本の中から
2万4300本街道に植樹し、東照宮に寄進しました
正綱の墓は埼玉県新座市平林寺にあります

例幣使派遣慶応3年まで222回実施されました

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例幣使格式は高く、一行が通ると、大きな大名行列でも
通行を遠慮しなければならず、また沿道の住民は
土下座して一行を見送ったといわれています

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ただし、一行50人のほとんどが魚屋八百屋など
公家に出入りしていた商人だったようです。 

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面白い話 
一行の随員の中には、その権威を悪用する不心得者が
少なからずいました。彼らは駕籠の中から、担いでいる
人足に、「相談せんか、相談せんか」と声をかけます。
金をよこせという意味です
この時、人足が金を出さない
激しく駕籠をゆすって催促しわざと転がり落ちて
無礼者、このままではすまさぬぞ」と脅したと言われて
います。こうした場合、村役人が詫びて金を渡してその
場をおさめることになります。
これが「ゆする」の語源となったといわれています。

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神橋」には、観光客が、いっぱいだったね
東照宮にも通り過ぎるばかりで
今度ゆっくりとお参り方々、散策に来よう 
 
いろは坂の登り口 近くまで来たが、
ヘルメットのシールドに霧雨が、、
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のお店で聞いたら上は、
1週間前にもう紅葉は、終わっている」とかで
この時期のは,ご遠慮しょうと急遽Uターン
 
ルートは、ノンさんの頭の中に幾らでも入っているので
宜しくお願いします・・と 
 
ご夫婦か トライクで仲良くツーリング 
シッカリト・スキーウェアーで防寒もバッチリね 
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ここら辺でも紅葉は、過ぎたようで、、
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 さて・・此れから何処へ 
 
 
 
   続きます・・・