前回
2016.11.4
飛騨古川の落ち着いた城下町と勇壮な「起こし太鼓」 

300年以上も続く匠の酒造りなど
その背景を覗い知る周辺を廻ってみた 

動画編
タイムライン



特急「(ワイドビュー)ひだ」の一往復が当駅で折り返す。

映画と同じシーンを撮れるのは9:57-10:01であるといわれている 




越中東街道(東大路とも言う)
高山ー上広瀬(今村峠)ー八日町(大坂峠/十三墓峠)ー巣山ー山田ー寺村ー
高山ー上広瀬(今村峠)ー八日町(大坂峠/十三墓峠)ー巣山ー山田ー寺村ー
船津(神岡)ー東漆山ー東茂住ー横山ー荒田口ー東猪谷

ー蟹寺ー猪谷

「飛騨ぶり」の呼称は、
その長い道程と越中東街道について
『飛騨ーよみがえる山国の歴史』から、 桐原 健氏の「ブリのくる道」 

一年に一回、年の暮れになると中央アルプスの谷間より
マレビトの山苞(ヤマズト)ともいうべき”年取り魚”が入ってきます。
北信はサケですが中、南信はブリでそれが飛騨からもたらされてくるので、
北信はサケですが中、南信はブリでそれが飛騨からもたらされてくるので、
『飛騨鰤』といいます。


この街道は随分古い歴史をもっていて、今も「越中東街道」とよばれている。
道は渓流に沿って.....」
富山湾氷見で水揚げされたブリは数日(二日半)かけて塩ブリに加工され、

富山経由で神通川に沿って南に向かい高原川との合流点から飛騨に入ります

高山まで32里で"二つの峠"を越します。通しで2泊3日、中継ぎだと7日かかる
http://n-hata.server-shared.com/photo-fur/buriichiba.jpgここからいわゆる飛騨鰤となりボッカ
(歩荷)によって雪が降っていれば一日
3里、晴れなら 6里の早さで美女峠、
野麦峠経由で信州へ送られて行く 


11:20
途中に「神岡大橋」の🍄バス停が、

江戸幕府が財政難のため、地下資源の開発を命じたことによる。
茂住銀山だけでなく和佐保銀山(のちの栃洞坑)も人口が増加し、
再びこの地の鉱山が活気付いたのである

三井の所有となり神岡鉱山に多くの資本を投入して最先端の技術による大規模な




この「船津座」の名前は、神岡鉱山の最盛期にこの街にあった
芝居小屋の名前に由来しているそうです 


飛騨の匠の伝統技術を終結した「平成の芝居小屋 船津座」は、
地域の歴史・文化を伝承し、交流、賑わいの中心的役割を担います 









11:40



付近の城址 0.4km 飛騨・八幡山城 0.7km 飛騨・江馬氏下館 1.3km 飛騨・高原諏訪城 1.4km 飛騨・金森左京屋敷 1.8km 飛騨・傘松城 1.9km 飛騨・岩ヶ平城 3.0km 飛騨・洞城 3.3km 飛騨・寺林城 4.5km 飛騨・石神城 5.0km 飛騨・下山田城 5.9km 飛騨・政元城 6.2km 飛騨・政元奥城 6.5km 飛騨・田谷城 7.1km 飛騨・堂殿城 8.1km 飛騨・尻高城 8.6km 飛騨・土城 8.8km 飛騨・下坪谷の狼煙台 |
