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わぁ・・オッソ分け相模湾の釣果  刺身になるまで大奮闘記  伊豆の海苔とワサビ&村上の醤油で やっとウマウマ ^^! ブログ

 

 

前回
 
大漁大漁 やったね 
ご近所さんの旦那さんが、今朝 相模湾で釣ってきた
漁獲のほんの一部 イサキメジナを頂きました
 
  が、、、
折角の活きのよさを 焼き魚煮魚では、勿体ないと 
 刺身にしようと・・・
   誰が、、
 
仕方がないので、渋々
飛び散るにビクビクしながら ようやくこんな風に・・
 
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魚の鱗取りなど 
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恐らく人生2度目の40年ぶりか 
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でもスーパーや魚屋に並んでいる魚たちと明らかに違う 
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目の輝きとぷりぷり感は、やはり獲れたてだ 
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デバをもって頭を落とすにも・・おどおど 
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でも・・不思議に魚独特の生臭さが少ないように感じる 
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当然に・・と云うか アラも味噌汁のダシ取りに使うつもり 
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丁寧に毛抜きで 小骨を抜いて
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     ・・・出来た 
 
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・・やぁ 美味しそう 
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 折角の悪戦苦闘の刺身を美味しくいただくために 
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味噌汁には、
  のお土産堂ヶ島の海苔」「本わさび」 
 
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絶品醤油は、北海道ツーの帰り道
           新潟村上の土産で、
 
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見てくれは 今ひとつだが、、
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  悪戦苦闘の末 やっと出来た刺身は、
 
   歯ごたえシコシコの絶品なお味で、満足満足でしたよ  

2016 北海道ツー 5日目 ⑤ 小樽運河からライハ旧萱野駅  筆談で盛り上がりの夜 見所の宝庫 上砂川町 悲別駅・炭鉱・ロマン座  ^^! ブログ&動画

 

 

前回
 
2016.8.2~3
 
小樽運河で、チョイト観光気分に浸り 
 札幌から三笠へ 
  筆談で、親睦が深まる嬉しい感動 
 
翌日、旧上砂川駅悲別駅)からロマン座へ 
 
 
動画編
 
タイムライン
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今頃は、こんななんだろうね 
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近所に大きなスーパーがあるので不便はないね
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御当人には、会うことはできなかったけど・・頑張ってね 
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2016.8.3 
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駅から遥かに聳え立つ姿が、見える 
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1968年(昭和43年)に建設された北海道随一の近代的な炭鉱立坑櫓
旧上砂川駅の東側にそびえ立っており、高さは55m、深さは710mに及ぶ。
1987年(昭和62年)に閉山となった後、1991年(平成3年)から2002年
(平成14年)まで世界最長の無重力状態をつくりだす
地下無重力実験センター」として再活用されていた
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とっても美味しい漬物には、丁寧な解説もいただけます 
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1953年に旧住友上歌志内砿の職員厚生施設(映画館)として竣工
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1971年に炭鉱が閉山してからは活用されることもなく廃墟状態となっていた
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1977年公開の映画「幸福の黄色いハンカチ」でロケ地としても使用
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S46年に炭鉱が閉山後は閉鎖され放置されていましたが、
S59年に倉本聰脚本のTV連続ドラマ「昨日、悲別で」のロケに使われ、
以来、そのままの姿で保存されています 
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 さて・・これから周辺を廻り
 
少し炭鉱の歴史に触れていこうか 

港区「高浜運河」と北海道「小樽運河」  お安く沢山いただきました 満腹 ^^! ブログ

前回
 
チョイト気が向くとセローで散歩がてら海を眺めに
早朝の空いているときに出かけて来る 
 
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だけど・・
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プラぷら流していると 運河沿いには
今、書いている「小樽の運河」と対照的な建物が並んでいる 
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 此方が、昨年8月の小樽運河
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    小樽運河も風情があるね
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潮の匂いのするこのエリア
 ヤッパリ多くの人が、このエリアを散策するんだなぁ 
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沢山のカモメ達が、騒がしいけどね 🐓
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なかなか 気持ちの良い ベイエリアの散策道だ 
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家内から割引券があるからと・・
 
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かなり混んでいるね 
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・・らしいメニューもいいね 
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お安いのでと かなりの注文量 
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肉そば
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青菜らーめん大盛
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チャーハン大
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餃子6ケ×2皿
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ヤッパリ・・かなりお安くいただきました 
 

  冷えた体に十分すぎるエネルギーを注入
 
   でも・チョイト多すぎたかなぁ 

富山湾の捕れ立て便&焼きたてワッフル  あんころ餅もね ^^! ブログ 

前回
 
    魚津港朝市から捕れ立て便が届いたよ 
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アカムツ(ノドグロ
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冬イカ
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ホタルイカ
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白バイガイ越前ガニ
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ヤッパリ・・美味しいね 
  様々な味覚を味わいながら 遠からじ 
 
 
 
ランチの食卓も目新しくはないが、
      なんか・・春めいているような 
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ヤッパリ コーヒーは、ハワイの豆でね 
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    甘ズッパイはっさく 
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ナンカ・ウキウキ感が、あるようなワッフル 
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ブルベリもいいね
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 おやつタイムにも お土産に頂いた
  春ッぽい感じで、これまた いい感じ 
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 気分気温も 少し雪解け 
 
    もうすぐ日本中が、元気をくれるよ 
 

早春の箱根・伊豆ツー ③ 箱根峠から箱根十城 山中城址  「北条流堀障子」「畝堀」「障子堀」秘話 修善寺駅で  鯵寿司ウマウマ ^^! ブログ&動画

前回
 
2017.2.25
さてさて・・「麹のみの甘酒」の甘さに舌鼓を打ってから 
 芦ノ湖 杉並木を抜けて箱根峠
 
箱根十城の要山中城址」驚きの見事な発掘した堀 
 こりゃあ様々なTV番組で取り上げる筈だわ
 
修善寺駅前のアジ寿司弁当が、うまうま 
 
動画編
 
タイムライン
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旧街道は、割合と直線的上り坂ですね 
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お玉の伝説

江戸時代1702年元禄15年)、お玉という10代の少女江戸奉公先の家から
伊豆の実家に逃げ帰ろうとしたが、関所手形を持っていなかったため箱根関を通ることができなかった。そこで、関を通らずに周囲の山にあった柵を通って関所破をしようとしたが、関所の番人に捕まり2か月後処刑された。その後、「那津奈可池」(なずながいけ、お玉ヶ池の旧名)でお玉の首を洗ったという伝説ができたことから
「お玉ヶ池」と呼ばれるようになった。
また、お玉という女芸人が身を投げたからという伝説もあるそうな 
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ノンさんは、今年も応援に来たとのこと 
小生は、以前は出かけて来たけど近頃は、もっぱらTV観ですw 
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さて・・三島方面へ 
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旧東海道にはやはり古道が沿う 
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話題の三島スカイウォーク側からが、順路だが、
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北条氏の本拠地である小田原の西の防衛を担う最重要拠点で、
東海道を取り込む形で造られていた 
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箱根の山地一帯には戦国時代、無数の城がつくられた
いずれも小田原城攻防にかかわるもので、中にはにわか仕立に近いものも
あり箱根の周辺部を含めて全部で11を数え、
内1つが攻めの城残りの10の城はすべて守りの城 
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北条氏滅亡と共に廃城となった
北条氏独特の城郭の構造を多く残していることが注目される城 
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箱根の中央火口丘の中では鷹ノ巣山頂に「鷹ノ巣城」、
    湯坂山頂に「湯坂城」駒ヶ岳西側山麓に「進士城」
北側の外輪山では塔之峰山頂に「塔之峰城」明神ケ岳中腹に「宮城野城」
さらに箱根から少し外れるが足柄峠東側麓に「浜居場城」、谷峨に「新庄城」
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堀や土塁などの遺構は風化を避けるため、盛土による被履の上芝を張って保護し、畝堀障子堀の構造が明確に把握できるように整備されている 
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各曲輪の間は空堀などを巧みに配し防御性を高めていたが、、
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北条氏政の代に豊臣秀吉との関係が悪化すると、
  山中城は改修し防備を固めることになるが、果たして・・
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日本100名城(40番)
 
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駿豆線(すんずせん)は、静岡県三島市三島駅から伊豆市修善寺駅
までとを結ぶ伊豆箱根鉄道鉄道路線
地元では社名をもじっていずっぱこと呼ぶことも多い 
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路線名の駿豆とは駿河国伊豆国を意味するが、これはかつて同線が駿河国に属する沼津市伊豆国に属する三島市の間に軌道線路面電車、1963年廃止)を運行していた駿豆電気鉄道の路線だったことから来ている 
 
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1983年(昭和58年)4月27日修善寺駅新駅舎完成 
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当初は湯治客の便を図り、伊豆中部の大仁東海道本線を結ぶ目的で建設
初めの計画では沼津を起点とする予定であったが、東海道本線敷設時に駅が設けられず衰退が著しかった宿場三島の者が土地寄贈を行うなど積極的に誘致を行い、現在の下土狩駅の所に新しく(初代)三島駅を設けた上で、
ここを起点とすることになった イメージ 34
1898年に開業し、1924年には修禅寺修善寺温泉のある修善寺町
(今の伊豆市)まで延伸されている
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逃げるは恥だが役に立つ2016年に放送されたTBSテレビドラマ。第6話で津崎とみくりの新婚旅行ラブライブ!サンシャイン!!HAPPY PARTY TRAIN」のアニメーションPVで登場
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大ぶりな切り身で、中々の歯ごたえ いいお味(あじ
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 チョイト奥様にお話を伺うと 
         ご夫婦でツーリングを沢山したいとか・
 
  どうも・・ご馳走様でした 

冬が来る前に 飛越地方合掌造集落 飛騨高山・ 白川郷・五箇山 紅葉ツーリング ⑪ 富山県 五箇山:合掌の里 菅沼・相倉:合掌造り集落 イイねぇ ^^! ブログ&動画

前回
 
2016.11.4
今夜の宿 白川郷の「伊三郎」には、時間があるので、
五箇山」見学に出かける旨伝えて ソロソロ 夕刻迫る頃 
相倉合掌造り集落」へ急いで、向かいました 
 
動画編
 
タイムライン
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R156 飛越峡合掌ライン・・反対方向には、白川郷の合掌集落だが、
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昭和三十三年(1958)五月十四日に国指定重要文化財に指定
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岩瀬家の総体は、間口14.5間(26.4m)・奥行き7間(12.7m)、高さ8間(14.4m)もあり、大黒柱などは一尺(0.3m)角のを、また、24畳敷の出居の敷板にも全て欅材が使われ、しかも釘を一切使わず縄とねそで結び上げて造られています
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岩瀬家は「塩硝役宅」とされ、五箇山で作った塩硝を上納する役目を果たしていました。加賀の役人の宿舎にもなっていたので、居間は書院造りとなっており、材質にはケヤキを使用することを許されていました
囲炉裏では合掌造りについてのお話が聞け、天井裏へ登ることもできます 
 
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下階の炉から暖をとり、風通しをよくする為上階の床板は透かしの目皿 
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加賀藩塩硝を取りまとめ納入する上煮役の藤井長右エ門が、
 天領飛騨白川郷へ、加賀百万石の威光を示した 
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白川郷とともに、大家族制度の地方として有名、この家族の中に一部の使用人が含まれていたことは白川郷と異りますが居住者はすべて
一階(大きな家では中2階も使用)で寝起きしていたことは同様の形態 
 
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塩硝釜など 加賀100万前田藩主他藩に秘して等値で
 塩硝製造を命じた際使用したものなどが展示されている 
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両手を合わせて合掌礼拝する形からであろうが、
 熱心な真宗信仰地帯らしい命名 
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屋根部の木材は落葉樹自然木を、丸太のまま
  または縦に割り裂いたのを用いる 
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これがすべて農民の手によって発達進歩した経過を考慮すると、
 全く地域に根ざし地域の特徴を生かした構造物 
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一階部分の軸部他地域との違いがあり、
  同じ集落内でも多少の相違はあるそうな 
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建築儀礼生産生業暮し方など様々な村風習など集落共同社会の中での
合掌造りは、人間の暮らしと深く係ってくる現れなんだね 
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昭和初期の自動車道開通後は往来筋からはずれ、自動車道の閉鎖される冬期だけの交通路になった。それも昭和45年(1970)にかの有名な峠雪道を往復した郵便逓送隊の廃止となり、ついに交通路線に位置しなくなってしまった。
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・・なんともいい風景だなぁ 
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地形は、北西から南東へかけてゆるやかな傾斜をつくり、標高380m~420mの段状平坦地の集落。後背の山地は急に切り立った岩壁になっていて、
古代の大きな地滑りによる段丘台地、地表の所々に岩石が頭を覗かせている
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現在の戸数や人口は昔に比べると極めて少ない。
養蚕製糸・製紙・製炭の主要産業の廃退と高度成長期の都市部への人口流出による過疎化現象だが、近年は道路網が整備され観光産業の発展で、
相倉集落を訪れる観光客が多くなり活気が甦ってきたそうな・・
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天正年間に建設されたと伝えられており、戦国時代の武家造りから書院造りに移行する過渡期の様子を示すなど、多くの古風、古式の遺構
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火薬製造

塩硝といわれる火薬原料の生産地として加賀藩
重要な役割を担っていたのが五箇山である。
藩にとっては火薬原料の製造は軍事機密となり、
幕府や他藩の目をのがれるのに、山深い秘境の地の五箇山は、
豊富な塩硝を製造するための好条件であった。
300年以上にわたって続いた塩硝製造は、水田のない土地柄ゆえに
五箇山全戸で製造に携わる一大産業となり、質量ともに
全国随一であったと云われてる
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2016 北海道ツー 5日目 ④ 小樽: 北の古き良き街 おやじ二人で そぞろ歩き 色気より勿論・食い気 ^^! ブログ&動画

前回
 
2016.8.2
折角なので、小樽歴史的建造物 が、観光資源として見直しされ
観光都市として脚光を浴びるようになった街中へ・・
北海道商都として栄えた小樽を感じさせる、レトロな建造物に出会うため
小樽っ子」気分で、「坂のまち、小樽」を
少し歩いてみよう 
 
動画編
 
 
タイムライン
 
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                 小樽憲章 大正11年8月28日制定
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小樽は、北海道歴史文化経済大きく貢献した街
明治時代には国際貿易港にも指定され、日本でも指折りの企業や大手銀行が軒をつらね、大変な繁栄ぶりでした 
このため、鰊(ニシン)漁で財をなした親方の鰊御殿や、世界の相場で大儲けした
商人実業家が建てた大邸宅など、豪商たちにより、たくさんの文化的遺産
残されています 
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小樽商人気宇の大きさを味わうことができる、ロマン溢れる街並み 
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小樽は、海から山へせり上がった地形をしているため、多くの坂があります
住民は、昔から日に何度も坂を上り下りしながら、生活しています 
つま先上がりの急な坂を一歩一歩踏みしめながら上り切って、
ほっと振り返ると、
青い海にフェリー、対岸にかすむ増毛連山の絶景が目に飛び込んできます 
 
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・・大したことなくって良かったな 
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見晴らし坂上
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小樽市指定歴史的建造物 第71号 板谷
  海運業などで財をなした板谷宮吉の邸宅を利用している
 
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樽市では魅力あるまちづくりをすすめるために、市内を八つの地区に分け、
それぞれの地区を代表する景観を八つ選びだし、市内全体で64景(8地区×8景)
小樽八区八景として選定
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