令和七年八月「生命の言葉」

 


ちはやふる 神ぞ知るらむ
民のため 世をやすかれと
祈る心は

明治天皇

御心聡(おこころさと)い神は
きっと知ってくださる
ことであろう
国民のため安らかな
世の中であるようにと
祈っているこの心は

明治神宮365日の大御心』
明治神宮

都内戦災・震災殉難者慰霊祭

毎年、終戦日である八月十五日の午後より関東大震災東京大空襲で亡くなられた約一六三〇〇〇体のこ遺骨が安置されている東京都慰霊堂墨田区横網町公園内)において都内戦災・震災殉難者(じゅんなんしゃ)慰霊祭を斎行し、御霊(みたま)に慰霊の誠を捧げ平安をお祈りします。
当日の祭祀は、東京都神道青年会の青年神職が奉仕いたします。皆様方のご参列をお待ちしております。
▶︎この祭事に関するお問合わせは 東京都神社庁 ☎︎03(3404)6525まで

神道知識の誘(いざな)ひ

「御神木(ごしんぼく)」
神道において神霊(しんれい)の依代(よりしろ)とされたり神域の象徴として神聖視される樹木のことを「御神木」といいます。
神社によっては社を持たず、御神木をそのまま御神体として祀(まつ)っているところもあり、また、神社はなくとも自然そのままにある御神木が多くの信仰を集めている場所もあります。
御神木の種類としては、常緑樹の杉や松、楠などがあります。また、榊(さかき)は神聖な樹木とされ、玉串として神前に供えられるなど神事にも多く使われています。

今月の祭日

八月十五日 都内戦災・震災殉難者慰霊祭【於:東京都慰霊堂】 御霊の平安を祈念します。皆様のご参列をお待ちしております。

 

ご社宝めぐり
東京の神社の大切な「ご社宝」をご紹介しています。
文京区
野見宿禰当麻蹶速図」
扁額(絵馬)
 明治7年、湯島神社開帳の際に奉納された扁額。河鍋暁斎(かわなべきょうさい)筆。『日本書紀』に登場する「野見宿禰(のみのすくね)と当麻蹶速(たいまのけはや)」の力のこもった闘いを、雄渾な筆致で描いた力作である。奉納者名は画面向かって左隅に地主「湯島三組街中」とある。
 幕末、浮世絵の影響を受けた河鍋暁斎の画風をよく示しており、古くから湯島神社の宝物として著名な優品で、昭和57年11月1日、文京区有形文化財に指定された。
 本図は、相撲の元祖として知られる野見宿禰が力自慢の当麻蹶速を投げ飛ばした場面を描いている。
 
湯島天満宮について
 湯島天神雄略天皇2年(458)勅命により創建と伝えられ、天之手力雄命を奉斎したのがはじまりで、降って正平10年(1355)郷民が菅公の御偉徳を慕い、文道の大祖と崇め本社に勧請したとされる。文明10年(1478)に、太田道灌が再建し、天正18年(1590)徳川家康公が江戸入城の後、徳川家の崇敬篤く、翌19年11月豊島郡湯島郷に朱印地を寄進し、文教の中心地として多くの学者・文人が参拝した。明治18年に改築された社殿も老朽化が進み、平成7年、後世に残る総檜造りで造営された。
【鎮座地】東京都文京区湯島3-30-1
 
(令和6年7月寄稿)
 
 
  • 豊島区
    髙田總鎭守氷川神社
    石造鳥居
     神田川に架かる面影橋を渡る道は旧鎌倉街道であり、江戸時代の絵図と現在も大きな違いはない。街道沿いの神社正面にあたる東側の石造鳥居は江戸時代、御府内である高田四つ谷町に下屋敷のあった鳥羽藩主稲垣摂津守の奉納によるもので、右柱には『…