令和七年六月「生命の言葉」


往き還り 足踏むごとに
産土の 神の恵みを
思へ世の人
本田 親徳(ちかあつ)
家路の行き帰り
その都度、大地を踏みしめ
て生活するものとして
大地の神様の恵みを忘れ
てはならない。
本田親徳
明治時代の神道家。
文政五年(一八二二)一月、薩摩国川辺郡加世田郷武田村(現鹿児島県南さつま市)の本田主蔵の長男として生まれた。幼少期は漢学と剣術を学ぶ。天保十年(一八三九)十八歳のとき、会沢正志斎に入門。会沢門下として和漢を学び同時に平田篤胤の家にも出入りする。天保十四年、狐憑きの少女に出会い憑霊現象を実見。それ以来、霊学研究を始め、神霊を感合する道を求めた。
神道知識の誘(いざな)ひ
「人形(ひとがた)(形代/かたしろ)」
神道では日常生活で知らず知らずのうちに犯した過ち、罪(つみ)や穢(けが)れを祓い清めるための神事「大祓(おおはらえ)」があり、毎年六月と十二月の末日に行われます。
大祓では紙で作った人形(ひとがた)(形代/かたしろ)を用いたお祓いがあります。
人形に名前と年齢を書き、自身の身体を撫でて息を吹きかけ、心身の罪穢を人形へ移し、神社へ納めます。納められた人形は大祓を経て海や川などに流したり忌火(いみび)で焚き上げることで祓い清められます。



知らず知らずのうちに犯したであろう罪や過ち、心身の穢を祓い清めるための神事を「大祓」といいます。 毎年六月と十二月の二回、その月の末日に行います。六月の大祓を「夏越しの大祓」、十二月の大祓を「年越しの大祓」ともいいます。
平安時代初期の国家の法制書『延喜式』にも、六月と十二月の大祓が記されており、古くから行われていたことがわかります。
大祓には「形代」(撫物ともいい、紙を人の形に切り抜いたもの)に、名前と年齢を書き、さらにその形代で身体を撫でて息を吹きかけます。そうすることに より、自分の罪穢を移し、それを海や川などに流しわが身の代わりに清めてもらいます。また、合わせて、疫病や罪穢を祓う「茅の輪くぐり」を行います。