早春の箱根・伊豆ツー ① 旧東海道 畑宿寄木細工と一里塚 箱根八里の七曲り・まさかの橿木坂 甘酒茶屋で一服 ^^! ブログ&動画

前回
 
2017.2.25~26
例年なら伊豆の河津は、満開の桜見物で、大混雑の筈 
 だが、、今年は、既に2月中旬にピークを迎えて かも・・ 
 
マァ・・寒い中 セローで、毎週のように都内を散歩ツー程度で、
 少々・・ムズムズして来ていたこの頃、
  いいタイミングで、箱根・伊豆へ出かけることに相成りました
   足慣らしの心算で、ノンさんと初ツーとなりましたよ 
 
動画編
 
タイムライン
6:45 ローソン東京学芸大学前店にてノンさんと待ち合わせ合流 
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初ツーなので、防寒対策済みのセローで、
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ズンズンと真っ白な富士山が、近づいてくるね 
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高速は、寒いねぇ 手も痺れるし ¥100コーヒーが、美味い ☕
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さてさてこれから始まるノンさんルート 
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 先ずは、旧道へ・・
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温泉井戸が、アチコチに立っている 
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お年寄りが、多いね 
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先には, 箱根新道須雲川ICがある
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旧街道の両側に1対の塚がきちんと残されている。
   但し、ここは発掘調査をして、当時のままの大きさ、構造で再現されたもので
   山の斜面にあるため、周囲を切り土し、盛り土と礫で平坦面を作り、
   その上に土を盛って、頂上に目印用と日陰用の樹木を植えたもの 
 
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 一里塚の間の旧街道は石畳となっている。街道は2間幅(3.6m)で、
 石畳は1間幅(1.8m)に作られている。
 現在残っている石畳は、文久3年(1863年)2月、孝明天皇の妹和宮内親王が、
 14代将軍家茂のもとに降嫁されるにあたり、その前年の文久2年に改修工事が
 行われたもの しかし、和宮内親王は、今切りの渡し(浜名湖の名称が好ましく
 ないとの事で、東海道を通らずに中仙道を通る事になった
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  県道、湯本元箱根道
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橿木坂
  県道沿いの歩道を少し歩くと、旧街道はまた階段となる。
  もと橿木(かしのき)坂と呼ばれていたところであるが、崩落し、
  今は急な階段となっている。
  橿木坂は、「新編相模国風土記稿」に、
  「高く険しい崖に橿木あり、故に名を得」とある。
  「東海道名所日記」には、険しきこと道中一番の難所なり。
  おとこ、かくぞ詠みける。 
  「橿木のさかをこゆれば、くるしくて、どんぐりほどの、涙こぼる」と。
 
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唱歌「箱根八里」に唄われている「羊腸の小径
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旧街道には、沢に架かる木の橋 甘酒橋を渡って
猿滑坂
  「殊に危険、猿猴(えんこう)といえども、たやすく登り得ず、よりて名とす
     西海子(さいかち)坂橿木(かしのき)猿滑
  旧東海道きっての急坂といわれていた 
  更に 追込坂 と続き笈ノ平(おいのたいら)へ至る
   
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    箱根旧街道資料館には、とても興味深い発見が、、